誤解だらけのカールスルーエモデル広瀬 晴一
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鉄道線と市内電車の連絡線を走るカールスルーエの電車 -1 はじめに-日本で生まれ育った以上、日本での価値判断が基準となるのは仕方がない。でも、その価値判断のままで他国の事例を見たとき、大きな誤解が生じる可能性がある。また、たとえば英和辞書を引けば対になる単語が出てくるが、それがもつ概念を理解しないと、これまた、誤解・誤訳の基になる。 ナイーブという言葉がいい例だろう・・辞書に出てくる「無邪気」では日本人は純真無垢といった、どこかプラスのイメージを持つが、実際には「幼稚」というマイナスイメージの言葉である。 路面電車・・それも世界の趨勢を少しでも明るい人であれば、「カールスルーエモデル」という言葉はご存知かと思う。ドイツ南部のカールスルーエを発祥とする「鉄道と軌道の直通システム」のことで、現在では同国のザールブリュッケンやカッセルでも実施されている。 ところで、日本の鉄道マニアが「鉄道と軌道の直通」と聞けば、国内の事例として福井鉄道や広電宮島線、或は今は無き名鉄揖斐・谷汲線、富山地鉄射水線・笹津線を思い出すだろう。 だが、カールスルーエモデルはこれら日本の事例とはイコールでは結べない。 鉄道ピクトリアル2006年1月号の名鉄特集で、同社の人が揖斐線の事例をカールスルーエモデルと呼んでいた(P107、111参照)のは驚いたが、これこそ、現地の鉄道・軌道の概念を理解せず、日本の価値判断を適用する故におきた悲劇ともいえる。 -2 鉄軌道という概念のズレ-日本では鉄道と軌道の分類は「鉄道事業法」と「軌道法」のどちらに準拠するのかが主な基準となる。従って、国の基幹路線の一部を担う「いわて銀河鉄道」も、専用軌道が多い故に軌道から鉄道に鞍替えした「江ノ電」も同じ「鉄道」ということになる。また、古くから郊外電車と路面電車が別々の形態に進化した日本の場合、郊外電車や鉄道はホームの丈が高く、路面電車は低い。このため、趣味者の世界では、ホームが低い郊外電車の筑豊電鉄を、路面電車に分類することも多々ある。 しかし、ドイツでは、この分類は通用しない。 たとえば琴電や伊予鉄、あるいは東急池上線のような郊外電車であってもホームは低く、車両の形も路面電車と大きな差はない。つまり、全てが筑豊電鉄の状態にあり、法令上も、両者は同じ基準を適用される。 両者に差がないのだから、郊外電車と路面電車(もしくはその改良型であるシュタットバーン)は同一のカテゴリで扱われる。そして、直通する事例はごく普通のことである。たとえば、マンハイム・ハイデルベルク・ヴァインハイムを結ぶオーベルライン鉄道、デュセルドルフ(ライン鉄道)の郊外線でデュイスルクやクレフェルトと結ぶD線・K線、そして隣国オーストリアのウィーン地方鉄道などは、いずれも路面電車・シュタットバーンに直通する。※ 独墺では名鉄600V区間のような郊外線と市内線の直通はごく普通の存在。(ウィーン地方鉄道) 考えてみれば、たとえば土佐電鉄の高知市内〜御免・伊野と高松琴平電鉄志度線は同じ機能を求められている。道路を走る路面電車だろうと、専用軌道を走る郊外電車だろうと、都市内もしくは都市中心と近郊の輸送手段としての鉄軌道ということに変わりは無く駅間も短い。 では、ドイツにおける鉄道とはどういうものか。 それは、基本的に中長距離の旅客・貨物を列車で運ぶものである。駅間は長く、最高速度も200km/hまで許容されている路線もある。 システム的にも別物と認識され、法令上も上述の市内・郊外電車、或は地下鉄とは異なる。日本に当てはめると、およそ旧国鉄系の幹線とその支線に限定されるわけだ。 なお、ドイツには日本のような中心都市がブラックホール的な求心力を持つ巨大な人口集積地がない (ベルリンの都市圏人口ですら約415万人) ため、日本の大手私鉄本線に該当する乗り物がない。 このように、システム・性格も完全に異なる両者を直通したからこそ画期的だったわけである。 ドイツの鉄道は重厚、まさしく「ヘビーレール」である。(ベルリンの近郊列車) -3 車両という概念のズレ-カールスルーエモデルでは、鉄道線区間での駅の増設と列車の増発も行われている。直通用車両を用い鉄道線区間内のみ走行という事例(S31・32系統など)もある。これも、趣味誌上などで「ついにはDB線内のみを走る路面電車が登場」などというという表現が使われるゆえに、凄いことを実行しているように感じる。だが、それぞれの政策は、国鉄〜JRが静岡や広島などで、ローカル列車の梃入れ策として、幾らでもやったことである。直通用車両を用いるのは、カールスーエでは、日本の115系なり701系・・つまり地方線区の標準車両・・にあたるのが、それであるだけだ。もともと、日本の地方都市の多くで、カールスルーエに比べ早くから客車列車の電車化が推進されてきた事実がある。 また、「都電7000や広電グリーンムーバがJRへ直通しているがごとく」・・といった類の表現を見るが車両の大きさの面で考えれば、これは適切ではない。この直通用電車の大きさが、日本の路面電車に対する常識と異なっているためである。 カールスルーエの直通電車の大きさは、広電グリーンムーバより西鉄特急に近い だが、カールスルーエの直通用電車は幅2650mm、長さ約37m(重連時74m)である。この大きさは、純粋な地方私鉄の建築限界を守る神戸電鉄や西日本鉄道の電車、2〜4連に合致する (車体幅2600〜2700mm、1両の長さ18〜19m)。 着席定員の面でも直通車の第一世代車(Type:GT8-100C/2SY)はオールクロスシートで97〜100人である。これは京浜急行2100系特急電車の先頭車2両(104人)とほぼ変わらない。 中には便所付きの車両も存在する。 西鉄や神戸電鉄の電車をみたとき、日本人なら路面電車よりJRの電車(幅2800〜2950mm 長さ20〜21.3m)に近いと感じるだろう。だから、この点では「JRの電車が路面電車に乗り入れるがごとく」といったほうが、常識的なイメージに近いことになる。かつての名鉄犬山橋を想像してもらうと、よいかもしれない。 性能面でも、最高速度は95〜100km/hである。それに加え、高速域まで衰えない優れた加速性能を持つ。この点でも、日本の路面電車に対する見識は通用しない。京浜急行を彷彿とさせる走りで、 高速運転の特急列車IC・ICEの合間を縫うのである。 -4 直訳では見えてこないこと-以上から言えるのは、直訳的な「路面電車が鉄道線に直通する」では、 日本に持ってきた時点で意味・概念が異なってしまう、ということである。 日本の鉄軌道の概念を持つ私たちには、むしろ、山陽本線・赤穂線や北陸本線を走る幹線の中距離電車が、わずかな距離だけ市内線に乗り入れる姿を想像したほうが、実態に近いのである。 こうやって、物事の概念や背景の差を検証していくと、翻訳を基に、うわべだけの共通項を探すことの無意味さと、虚しさを感じる筈である。 重要なのは、たとえばカールスルーエの政策がいかなる都市計画・戦略や思想のもとに、軌道線や鉄道線を位置付け、直通という手段を選択したか・・という部分を理解することである。現象よりも理念・・・この点を踏まえれば、闇雲な「カールスルーエを見習え」という読経にはならないだろう。 昨今のライトレールの議論は、どうもこのあたりで大きな過ちを冒している気がしてならない。 人口10万人の町 ハイルブロンのトランジットモール 最後に一つ。 ドイツに行った際に感じたのは、「交通機関に乗る」ときのインターフェイスがバスも路面電車も地下鉄も普通列車も、全て共通化されている便利さである。いわゆるセルフサービス制が徹底され、どれに乗っても大きな差はない。 そして、共通運賃制がとられ、事業者や交通モードが異なれど、運賃は通算である。カールスルーエモデルの前に、ドイツの各地で、いわば「ソフト面での直通」が実現さてれている。私は、むしろこの点に注目して欲しいと思う。 (画像は全て筆者撮影) ※)余談だが、ドイツには路面電車・郊外電車で異事業者間の直通運転の事例が多数存在する。特に、ライン・ネッカー地区では、オーベルライン鉄道、ハイデルベルク市電、マンハイム市電、ルートヴィヒスハーフェン市電、ラインハールツ鉄道の5事業者の線路が繋がっており直通運転も実施されている。 都営浅草線に代表される直通運転を日本独自の発想として挙げることが多いが、ドイツでは郊外電車が地下鉄の変わりに路面電車と直通していると考えれば、「日本独自」という言い方も、一旦疑う必要があろう。 以上は、拙サイト「創作鉄道資料館」 付設ブログ 「資料館閉架書庫」で書いたものを大幅に加筆・編集の上で再録したものです。 (原文 「月末の雑感 〜言葉の背景〜」) | |
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(c)Harukazu Hirose, T-Trak Network 2006
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